『主権の二千年史』正村 日本人て呪文の様に民主主義を連呼

『主権の二千年史』正村 日本人て呪文の様に民主主義を連呼。古代の地中海社会を制覇したのは共和政ローマだった。日本人て、呪文の様に、「民主主義」を連呼しますが、歴史学は、「過去に於いて民主主義が栄えた試しなし」 を物語っていますよね ●古代アテネ
民主主義で有名な古代アテネは、その後腐敗し(ソクラテスを死刑にしたりする)、非民主国家であるスパルタに敗れたりして、更に腐敗を深め、やがて自滅する

●共和政ローマ
肥大化した国を治めるには、民主主義は不向きと考える様になり、帝政(ローマ帝国)が進む

●清教徒革命後の英国
清教徒革命後、英国は民主政治を始めるが、混乱に継ぐ混乱の繰り返しに、だんだんと嫌気が指し、結局、国民は王制への復帰を望む様になる
その後、王制に復帰するが、英国ではこの教訓から、二度と共和制を口にする者は居なくなり、現代まで王制を続けている(名誉革命は、王制から王制への革命)

●ヒトラー
ドイツ?ワイマール憲法は、当時最も進んだ民主憲法とされ、そのワイマール体制は、ヒトラーをはぐくみ、やがてドイツ国民は熱狂的にヒトラーを支持する様になり、ヒトラーは独裁政治を始める そして、世界史上最大の悲劇とされるユダヤ人虐殺や第二次大戦を進めていく事になる

●戦前の日本
形式的な主権は天皇陛下にあったが、憲法上、天皇陛下の権利は制限されており、すでに、現代の英国と同じ「国王は君臨すれども統治せず」の思想が支配していた 事実、天皇陛下は、政治を議会に一任し、強権を行使する事は一度も無かった そんな中、国際連盟で、リットン調査団の裁定に対する評決が賛成42:反対1(日本)で可決され、怒った全権の松岡洋右がが国連脱退を表明、孤立を深めて行く事になる が、帰国時に松岡洋右は日本国民から圧倒的な拍手をもって迎えられる 『主権の二千年史』正村。日本でも投票率は年代をピークに下降の一途をたどり。民主的な選挙で選ば
れたはずの政治家に反対するデモが行われることも振り返れば。民主主義が
正当な統治形態とみなされるようになったのは世紀に入ってからのことにすぎ
ない。本書は。今や危機に瀕している近代的な民主主義が成立する過程を。
古代ギリシア以来の二千年以上に及ぶ歴史の中で描き出す壮大な試みである。
だが。本書の目的は単に歴史学的なものではない。歴史的日本人が忘れた日本
人の本質

日本人て呪文の様に民主主義を連呼しますが歴史学の画像。塩津計さんのレビュー一覧。書店で使えるポイントが貯まります。大部分の日本人は。実は税金を
払わずに「もらうだけ」の「ぶら下がり健康法」をカネを清にまた貸しして清
はこれで日本への賠償金を払ったが貸し倒れにならないようにする著者の
歴史に対する眼差しや切り口に共感した人は。今や大学の歴史学教授の著作
としては鉄道への夢が日本人を作った。で張彧暋, 山岡由美の鉄道への夢が日本人を作った 資本主義?民主主義?
ナショナリズム 朝日選書。評価はどのように計算されますか?や行為は。
他の領域でも見られたことである」頁と鋭く指摘しているように。
本当にそこまで他でもなく鉄道が日本この意味で。著者は社会学者であるが。
社会科学よりも歴史学的人文科学的傾向が強すぎるのではないかとも感じ
られた。

古代の地中海社会を制覇したのは共和政ローマだった。王制のスパルタが勝ったわけではない。帝政ローマは、皇帝+元老院の形を採用している。カエサルが民主制の弱点である意思決定の遅さや、権力の分散による機能不全を解消するために創造した統治形態だ。皇帝に多くの権限を集めるとはいえ、その権力は絶対的なものではなく、元老院にも皇帝に対抗できるチェック機能を持たせることでバランスをとったわけだ。王制と民主制のバランスをとった政体だ。このスタイルは、世界の多くの国で採用されている。王国であれ、共和国であれ、首相+議会、大統領+議会のスタイルだ。独裁政権にみえる中国?北朝鮮でさえ、国家主席さま?将軍さま+選挙で選ばれた議員による議会という外見を持っている。国連加盟国でこのスタイル以外の国はあるのだろうか?確認したことはないが、ないかあってもわずかだろう。英国もオランダもタイも王国だが、政治の運営は首相+議会だ。日本ももちろん同じだ。一般的には、このカエサルが開発した政体を持つ国家を民主主義国家と呼んでいる。民主主義にも色々あるので、「過去に於いて民主主義が栄えた試しなし」とはどのような民主主義なのかわからないが、少なくともカエサル型の民主主義は19世紀以降世界的な潮流らしい。しかし「民主主義」は非常にあいまいな言葉だ。私は一般の日本人が呪文のように「民主主義」を連呼しているとは思わない。主にその呪文を唱えているのは野党の政治家か、野党系の運動家だと思うが、それは議会で多数を占める政府?与党が強行採決するときによく使う呪文だ。つまり“民主主義の結果である多数与党が「王様」のように弱者の言葉を聞かずに弱い者いじめをする”ので「非民主的だ」という意味で使っている呪文だろう。日本は聖徳太子の時代から「話し合いの解決」を憲法にしていた国だ。日本は単純民主主義的な多数決で決めるのではなく、原則全員の合意を目指して話し合いで解決を目指す国なのだ。そういう意味で、日本はおそらく縄文の昔から“話し合いの国”だったのではないかと思う。日本はそういう話し合い民主主義の国だから、話し合いを止めて強行採決すると「民主主義に反する」という非難が成立する国なのだ。数がすべての単純民主主義の国家?民族の云う金主主義とは違う。日本人が「民主主義」を連呼するのが本当ならば、その理由はそういうことなのではないだろうか。現在言われてる「民主主義」は占領アメリカ軍の置き土産、実際は戦前と同じ権力主義、高校スポーツチームの監督は部員が指示に従わなかったと言って殴る蹴るの暴行、フットボール選手は相手チームの主力を潰せと言われたからと危険タックルを強行、選手は指示されたから、と言い、責任者は言った覚えないとしらばっくれる、責任のなすりあい、民主主義は個人の確立を以て基本とする、自由とは何をやっても許される、という事ではなくて、自分の自由なる意思によってルールを守る、という事、やったことはやった、と言え、と言う事、未来は未来、過去の事象は参考にならない、ドコかの人気タレントが言ってるみたいに“長い物には巻かれろ”じゃ発展はない「国家と革命」からの抜粋です。「民主主義とは、国家形態であり、国家の一変種である。したがってまた、それは、あらゆる国家と同じように、人間にたいして暴力を組織的?系統的にもちいることである。これは一面である。しかし他面、民主主義とは、市民間の平等の形式的承認を意味し、国家制度を決定し国家を統治する万人の平等な権利の形式的承認を意味する。そして、このことはまた、つぎのようなことと結びついている。すなわち、民主主義は、そのある発展段階で、第一には、資本主義に反対する革命的な階級であるプロレタリアートを団結させて、この階級に、ブルジョア国家機構――たとえ共和制的なブルジョア国家機構であっても――、常備軍、警察、官僚制度を破壊し、こっぱみじんに打ち砕き、地上から一掃し、それらのものを、やはり国家機構ではあるけれども、より民主主義的な――人民を一人のこらず参加させた民兵へと転化してゆく武装した労働者大衆というかたちの――国家機構をもっておきかえる可能性を与える」そんなこと、古代ギリシャの時代にアリストテレスが既に指摘していますよどんな政治体制だろうと良くもなれば悪くもなるのです。どんな政治体制が良い、悪いでありません。ただ、現状で最適なのが民主主義だという話でしかありません。>歴史学は、「過去に於いて民主主義が栄えた試しなし」 を物語っていますよね?現在最も栄えている国が民主主義であり、民主主義は『過去の如何なる統治よりも優れている」と言われてるんだが?君がやっているのは『滅んだ国の中から民主主義のものを意図的に拾い上げる』という愚かしい行為であり、民主主義が成功しないという証明になっていない。民主主義と共和制をごっちゃにしているうえに、その理屈だと「王制国家で惨めな滅亡を遂げた国」をいくつか挙げれば完全に論破されてしまいますよ。あなたの主張は「相手が同意してくれることが前提」でしか成り立たない、言ってしまえば幼児が親に話しかけるのと同レベルの論理性しかありません。

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